世間では「今年は長い!」と騒がれていたゴールデンウィークも終わってみればあっという間で、気づけば連休が明けてからもうこんなに日にちが経ったのかと驚いています。
年齢を重ねるごとに時間経過の体感は早まる一方で、その都度人間の4〜7倍のスピードで生きるといわれる犬の一生についてぼんやり思いを馳せてみたり。
さて、思いを馳せるといえば、筆者にとって今年のゴールデンウィークは思いがけず「先代ブヒ、大福」に思いを馳せる時間となりました。

というのも、今年は愛ブヒ、楽太郎の里帰りも兼ねてブリーダーさんが暮らす高知県へと旅に出たのですが、大福と楽太郎は同じブリーダーさんから迎えたこともあり、高知は大福とも何度も旅した思い出の地なのです。
太平洋を望む南国、高知はスコーンと空が抜けるように広い開放的な場所で、おおらかで陽気な県民性が魅力の地。カツオは言わずもがな、海も山も近いから山海の幸に恵まれお酒も美味しく、何しろ飲兵衛が多い県としても知られています。
食べることもお酒も好きな筆者にとってはまさに最高の旅先なのですが、何よりも大福、そして楽太郎という最愛の存在たちの生まれ故郷であり、彼らと出会った特別な場所。
そして今回の旅は、楽太郎にとっては、我が家に迎えられて以来初めての里帰りだったんです。

筆者が住む大阪から車で高知県へ向かうには淡路島を経由する明石海峡大橋ルートと岡山県を経由する瀬戸大橋ルートがあるのですが、今回は往路は瀬戸大橋、帰路は明石海峡大橋をチョイス。
旅の計画の時点で特に意識はしていなかったのですが、このルートは大福を最初に迎えに行った時、そして、大福が旅立ったあと、彼の亡がらを連れ、当時まだ健在だった大福の母ブヒのもとに挨拶に行った時と同じルートでした。
だからなのか、車窓に映る景色や途中のSAに降り立つたびに、楽太郎の隣にひょこっと大福が顔を出しているような気がしていたんです。
「ねえここ来たことあるよね。このラーメン屋さん、ボクが最初にパパとママの子になってお家に帰るときに寄ったの覚えているよ」とか、「ここのSAでおっかなびっくりの顔したボクを抱っこするとーちゃんの写真撮ったよね、あの時6ヶ月だったボクはまだ7kgしかなかったんだよ」なんて、うれしそうにぴょんぴょんと飛び跳ねながらはしゃいでる姿が見えるようでした。

それは往復の道程だけでなく、高知に到着してからも変わりません。
桂浜や桂浜水族館、日曜の朝市など、今回訪れた多くの場所は、在りし日の大福とも訪れた場所だったから。
そんな感じだったので夫婦の会話も自然と「ここ覚えてる?大福とも来たよね」というものになり、どこへ連れて行かれるのか不安げな様子だったお迎えの日のことや、成犬になってからの里帰りでは桂浜水族館のアシカに向かって吠え、アシカも応戦するべくガラス越しににじり寄ってきたので慌てて水族館を出たこと。
大福最後の旅で、もう冷たくなっていた亡きがらを抱きしめて泣いたSAまで、あらゆる思い出が洪水のように次々と胸に迫ってきました。
でもそれは悲しい感情ではなく、一緒にこれだけたくさんの思い出を作ってこられたんだなという喜びに近く、一方で「そういえば楽太郎のお迎えの時は、こちらの心配をよそにへそ天でいびきをかいて寝ていたな」とか「連れ帰る際に何枚か用意していたタオルやドッグベッド全てにおしっこをし、ここでおしっこ濡れのベッドをゴミ袋に詰めたな」なんていう間抜けなことばかりが思い出され、なんだか笑ってしまったり。
また、大福と歩いた同じ道や景色を、今は楽太郎と一緒に歩き、見ていることに不思議な感動を覚えることも多々あり、3泊4日の旅の間中、「さんにん」の家族旅行というよりも、2人とふたりで旅している感覚で過ごしていました。
きっと我が家を出発したとき、当たり前の顔をして大福も車に乗り込んでおり、ずっと一緒に旅していたのではないか。そんな幸せな妄想に駆られています。
こんなふうに、予期せず先代の相棒との思い出をたどることになった今回の旅行でしたが、こうして愛犬と一緒に訪れられる「第二の故郷」みたいな場所があるってとても幸せなことですね。

我が家はたまたま高知県のブリーダーさんと縁があって迎えたので高知が第二の故郷になりましたが、生まれた場所や出会った場所に関わらず、先代の愛犬と旅した場所や思い出の地など、そんな場所を「何度でも帰ってくる場所」にして、年に1度くらいのペースで愛犬と旅するのはいかがでしょう。
その時は意識しなくても、同じ景色や匂いに触れるたびに、ふわんと思い出って蘇ってくるもので、訪れる回数が増えるたびに、去年のことや一昨年のこと、もっと前の日のことだって、それこそ思い出の箱が次々と開いていくような不思議な体験が味わえます。
新しい景色に出会うことも旅のひとつの目的ですが、自分のなかに眠っていたり仕舞っていた記憶をたどり、感情を呼び起こされるのも旅の醍醐味。

今回の旅で楽太郎と眺めた海の色や食べたカツオの味はまた、きっとこれからも高知を訪れる旅に不意に思い出されるのでしょう。今の楽しみはこの先の幸せな思い出になる、だから旅って楽しいんですよね。
それが大切な存在との旅ならばなおのこと。旅に限らず、日々のお散歩でも遊びでも、何度も繰り返すことでそれはデッサンで何本も線を引くように心のどこかに記憶され、いつか輪郭を持った絵になるんじゃないか、そんなことを思うのです。
そしてその絵は、いつか私たちの人生の特等席にどどんと飾られるのではないでしょうか。