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フレブルとの「お祭り」に飛び込む背中を、押してみるーヨコタアイコ

私、深い喪失感を感じておりました。よく推しのタレントが結婚したら〇〇ロス、なんて呼んで落ち込む人が増えますが、生粋の大阪人である私が陥っているのは、現在多くの関西人が同様の病にかかっているであろう「大阪・関西万博ロス」です。

関西圏以外の方にはさほど浸透していなかったかもしれませんが、開催から日が経つにつれどんどん人気を増していったあのエキスポ。公式キャラクターの赤と青の妙な生命体、ミャクミャクのグッズは今なお爆発的に売れており、気づけば私の机の上も青と赤のアイツに侵食されまくっています。

が、万博ロスとか言ってますが、実は1回も行ってないんですよ。

「それっぽい写真」は楽太郎と撮影できました

1度も行ってもしないのに一体何がどうロスなんだよ!とお叱りを受けそうですが、閉幕の前日に車で万博周辺をドライブし、初めて肉眼で(外から)大屋根リングを見たんですよ。夕焼けに浮かび上がる大屋根リングはものすごい迫力と規模で、正直圧倒されました。そして「うわぁ、私は近くにいながらこれを体感せずにいたのか」と、激しく後悔いたしました。もうその時点で入場予約など取れるはずもなく、さらに帰宅後つけたテレビで、万博会場からのライブ中継に映ったラトビア人スタッフの言葉に完全にカウンターをくらったのです。

陽気なラトビア人青年はこう言いました。「万博はお祭りだから参加しなきゃ!人生は遊びだからね」と。この言葉が、なんだかお腹にでっかい一発をもらったかのように響いたのです。

これって、フレブルと参加するイベントに似ているなと。

フレブルLIVEは言わずもがな、愛犬と楽しめるイベントって今やたくさんありますよね。別にイベントに限定せずとも、たとえば愛ブヒとの旅行なんかもそう。愛ブヒと一緒にやってみたいことなんかもそうです。

参加したい、行ってみたい、やってみたいけれど、いざ行動に移すとなると少し億劫だったり、大変そうに感じて諦めてしまってはいませんか?

これらのイベントや旅行は、私たちにとっては非日常かつ特別なお祭りのようなもの。

フレブルを連れて非日常に飛び込むのは、現実問題、結構時間もお金もかかるし体力も必要です。何より普段と異なる環境でいつも通りのお世話ができるのか、トラブルに見舞われやしないかなどなど、不安要素や心配事をあげたらキリがないかもしれません。

そうやって不安や心配を数えているうちに、それを言い訳にしてやめてしまう。

「今じゃなくてもいいや」って。

でも、それってくだんのラトビア人に言わせれば、「祭りに参加しないなんて人生を楽しんでいないのと同じ」ってことになるのかも。

実際に参加したりその場に行ってみないとわからないことってたくさんあって、ことそれが愛すべき相棒と一緒に楽しむことならば、心配や不安を押し退けて体験する価値は絶対にある。

これは私が今まで愛ブヒとあちこちに出かけてきた経験から、自信を持って言えることです。

「フレブルLIVE 2025」にて

フレブルたちはいくら長生きしても、私たちの寿命よりもずっと短い一生を駆け抜ける生き物。その長くはない時間のなかで、一緒に遠出したりイベントを楽しむ体力がある期間は、一体どのくらいあるのだろう。そんなふうに思います。

命を謳歌し楽しむことに長けた犬種、それがフレンチブルドッグ。人間で言えばお祭り野郎的な、好奇心旺盛かつ万年ハッピーな陽キャ的存在です。

だからフレブルを相棒に迎えたのなら、彼らのDNAに組み込まれているであろう「楽しむ」ことをスルーするのはものすごく勿体無い。

はなからそういったイベントや旅行に興味がないのなら別だけれど、参加したい、行ってみたい、やってみたいのに何かしら理由をつけて行動に移せないのであれば、フレブルと過ごす人生、かなり損してますよ。それに、体験したいなと感じるイベントや旅行に行けるタイミングって、実のところそんなに多くはありません。私たち自身の健康や状況、愛ブヒの体調や状態。そんな変化しやすいことだらけのなかで、行けるタイミングがあるのなら、それは「今、行くべき」ってこと。

多少の不安や億劫な気持ちを「えいやっ」と薙ぎ払って楽しんでみる。

その結果が思い通りでも予想とは少し違っていても、自分で実際に体験したことは経験値になるし、何より思い出になるんです。体験してみて後悔するよりも、体験すらしなかったことの後悔の方が殊更でかい。

これはいつでも行ける距離で開催されていたにもかかわらず、たったの1度も万博に足を運ばなかった私の経験談から出た素直な気持ちです。

ある日、道端で見つけたマンホール。”ブレ”が高揚を物語っている

「あたし、止まったら死ぬ病にかかっているのよ」と嘯きながら、世界のあちこちへ、山へ、温泉へと常に出歩いていた祖母のことをふと思い出し、もし今生きていたら、きっと私のお尻を叩いてでも、なんならお尻に火を放ってでも万博に連れ出したことでしょう。

テレビに映るラトビア人と口を揃えて、「お祭りなのよ、参加しなくちゃ、楽しまなくちゃ意味がないわ」と言いながら。

終わってからいくら悔やんでも、もう遅い。

これはフレブルと一緒に生きるうえで、胸に刻んいることです。

あの時思い切って一緒に楽しんでいればと、あとになって後悔するなんて勿体無い。

フレンチブルドッグとの暮らしは、彼らの寿命が続く限り終わらないお祭りのようなものかもしれません。彼らの命のネオンがカチカチと輝いている間は、存分に楽しみ尽くす。フレブルとの時間を味わい尽くす。これに限る、そう心から思うんです。

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Aiko Yokota

大阪在住ライター。 フレブルをこよなく愛し、フレブルにふりまわされる女。きっと前世はフレブル、知らんけど。

  1. フレブルとの「お祭り」に飛び込む背中を、押してみるーヨコタアイコ

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  3. フレブルLIVEで気づいた、愛ブヒたちの成長。ーヨコタアイコ

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